意図を持つと力が湧く。偶然なんてない
歩いていたら偶然に誰かと出会った。という経験はだれしもあると思います。もちろん、それを否定するつもりはないし、偶然だと解釈すればそれは偶然になります。
偶然というのは、因果関係がなくたまたまそうなること。と意味付けされていますが、意図したことの結果となると、それは、必然となります。
例えば、「今日1日を気分よく過ごす」と意図したとします。そして、街を歩いていたら偶然に仲の良かった同級生と出会い、お茶をして楽しかった。その帰り、道でたまたまつまづき怪我をして嫌な気分になったが、薬局に行くと、前から買おうとしていたコスメが大特価していたのでラッキーにも偶然欲しいコスメが安く手に入った。今日は1日、意図した通りすごく気分の良い1日だった。
これは全て偶然でしょうか。たまたま気分の良い日になったのでしょうか。
同級生と会ったこと、怪我をしたけどコスメを安く買えたこと。これは、自分が気分良く過ごすために必然的に起きたことだ。と捉えるのと、偶然、たまたまだ。と捉えるのとでは少し体の反応が違いませんか?
意図するということは、そうなると考えることですから、結果そうなったのであれば起こった出来事全てが必然だった。となります。そして、その結果を創ったのも自分。
意図を持たずに行動すると、全てが偶然、たまたまになります。
極端な言い方かもしれないけど、偶然に流されて生きていくということは、現実は自分で変えることはできない。ということになります。偶然に見える出来事でも意図を持つことで、現実は自分が創っていることに気づくことができます。
ここで言いたいのは、偶然と思うのを辞めて必然と思おう。ということではありません。意図を持つべきだということでもありません。
そんなのはどうでも良いです。
私たちには、現実を創っていく力があるんだということを思い出して欲しいのです。
自分には力があると思いだすことで、人生は自分で創っていくものだ。人生は自分で創っていいんだ。と思うことができます。
人生を自分で創っていけるとすれば、あなたは何をしたいですか?
ぜひ、望みは自分で叶えられることを思い出してください。